2011年9月11日日曜日

つぶやき 2011/09/11

▼09:22 だいぶ突拍子もない話になりますが、『66号線』(by COSMONAUT)の歌詞…あれは、死者による生者への語りなのではないのかと思った、という話をしてみたいと思います。

▼09:32 アルバムの多くの曲の根っこに、「自分と他者との間にある、埋めがたい隔たり」があるんじゃないかなあと、感じていました。『R.I.P.』と『宇宙飛行士の手紙』の歌詞には、そこに僕がいなかったこと・出会う前の君には出会えないということ、という通じ合うテーマがありました。

▼09:38 他の歌でも語り手は、相手の心情は自分で想像するしかなく、逆に自分の気持ちもわかってはもらえないという現実に直面している。(相合傘で帰った相手、鉄棒から落ちたのを見ていたクラスメイトたち…etc)それを悟った上で、行動を起こしたり、自分の気持ちに決着をつけようと試みたりします。

▼09:41 (隠しトラックですら、バンドのメンバー同士の分かり合えない気持ちと、最終的に自分で気持ちの整理をつけた日記とが、描かれているという徹底ぶりwwww)

▼10:01 ここから飛躍がいっそう激しくなりますが、愛されたくて、というフレーズが、アルバムの『angel fall』にも出てきたので、二つの歌には共通テーマがあるのかもしれないと思いました。angel fall は生者が死者を思う歌。しかし死者は、その話が「全く頭に入らない」という。

▼10:05 死者も生者も、互いに相手のことを思ってひたすら語りかけながら、相手が自分を語る話には耳を傾けることができない……死が二人を隔てているから。そういうシチュエーションが二つの歌で表わされているのではないか、と解釈したわけです。

▼10:09 現実には、それは生者同士でもしょっちゅう起こっていることだと思います。自分が好きな相手には、自分の理想であるその人とであってほしい、と願ってしまう。けれど、相手には相手の意思があるから、自分が望んでいないかたちに、変わっていってしまうものです。

▼10:15 それを自覚したとき、自分の理想とは違ってしまった相手のあり方に失望し関わりを絶ってしまのうか。それとも、その隔たりこそが愛おしさなのだと思い、相手と自分の間の隔たりをもっと知ってみようと

▼10:17 歌が聴き手に投げかけるものは、この避けがたい現実と、さればこそ隔たりをもっと知ってみたらどうだろう、というメッセージではないかと思いました。大好きです、COSMONAUTするのか。

▼10:27 ちょっと補足。「隔たりこそ愛おしさだ」と歌う歌は、66号線でも angel fall でもなく、 R.I.P.と宇宙飛行士への手紙です。あと、歌によっては別の決着のつけ方も提唱されていて、それもまた共感できるメッセージです。ただし大人向けかも。四の五の言わず飯食えよ、とかね…。

▼10:32 フォーゼ観ました。そっか、だから犯人は前回あそこに出現したのか。なるほど。#kamenrider  #fourze

▼10:57 徐々に色々な方のフォローを試みたいと思いますが、当方の興味優先でフォローしておりますので、共通の話題があまりない方もフォローしていくと思います。フォロー返しをいただけるのは嬉しいですが、興味をお持ちでない話題をTLに流してしまうかもしれません。ご自由に判断いただければと思います。